
| ご本尊名 | 馬頭観世音菩薩 |
|---|---|
| ご本尊愛称 | |
| 宗派 | 天台宗 |
| 所在地 | 〒399-7601 東筑摩郡筑北村坂北13505 |
| 駐車場 | 参道口(大型可) |
| TEL | 0263-66-4036(事前連絡) |
| URL | |
| ご詠歌 | 罪科も 露と消えなむ 岩殿の 松吹く風も 御法なるらん |
| 開山・開基 | 学文行者(役行者直弟子) |
奇岩、奇峰を持つ岩殿山の麓。別所川のせせらぎが響く自然豊かな地に位置する古刹である。中世には七堂伽藍が立ち並び、75社4院12坊を連ねたとされ、岩殿山とその南の富蔵山一帯に広がる天台修験道場の中心寺院として格式と隆盛を誇ったが、江戸、昭和の大火で堂塔のほとんどが消失した。火難を免れた銅製懸仏の御正体と大日如来像は国の重要文化財となっている。なお、信濃三十三観音札所は当寺の前住職が生前、寝食を惜しんで復興に尽力され、現在に至っている。

| ご本尊名 | 千手観世音菩薩 |
|---|---|
| ご本尊愛称 | 保科観音 |
| 宗派 | 真言宗智山派 |
| 所在地 | 381-0102 長野市若穂保科1949 |
| 駐車場 | 山門前の道の反対側(大型可) |
| TEL | 026-282-3701(要事前連絡) |
| URL | |
| ご詠歌 | かりそめも にごる心を 求むなよ 影清水に 月は澄みぬる |
| 開山・開基 | 行基(天平14年742) |
天平14年(742)、僧行基が自ら刻んだ三体の千手観音の一体をこの地に安置したのが始まりと寺伝にあり、延暦20年(801)、坂上田村麻呂が蝦夷平定を祈願し、その成就に感謝して伽藍を建立したと伝えられる。足利時代には八代将軍義政の篤い帰衣を受け、三十塔をはじめとする三十余の同塔を連ねた一大霊場をなした。その後、数度にわたって火災に遭い、中でも大正五年(1916)五月の保科大火では、周囲の寺叢もろとも一山の伽藍を消失。奈良の石井寺より二十数体の仏像を迎えて再建した。

| ご本尊名 | 十一面観世音菩薩 |
|---|---|
| ご本尊愛称 | 正命観音 今見堂観音 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 所在地 | 399-7601 東筑摩郡筑北村東条405 |
| 駐車場 | 寺墓地前及び境内脇の集会所前 |
| TEL | 0263-66-2173 |
| URL | |
| ご詠歌 | 昔より 大悲の御影 今見堂 後世こそ大事 助け給へや |
| 開山・開基 | (真言宗)青柳近江守清長/淵龍(元禄元年1688) |
中世から戦国期に当地を治めた青柳氏が、元禄元年(1688)、領民の無事安穏を祈願して創建したと伝えられるが、詳細は不明である。青柳氏は、真言宗の修験寺として坂北の山中に隆盛していた碩水寺を曹洞宗に改めて信奉したが、関昌寺はその末寺のひとつにあたり、善光寺西街道西条宿の入口に位置して関所のような役割りも果たしたと考えられている。本尊の十一面観音像は、明治以前には近くの今見堂の本尊であったが、廃仏毀釈で堂が廃れたさい、関昌寺に移された。

| ご本尊名 | 十一面観世音菩薩 |
|---|---|
| ご本尊愛称 | 人肌観音・長谷観音 |
| 宗派 | 真言宗智山派 |
| 所在地 | 〒388-8014 長野県長野市篠ノ井塩崎878番地 |
| 駐車場 | 有(20台・大型バス可) |
| TEL | 0262-92-2102 |
| URL | http://www.hasedera.net/ |
| ご詠歌 1 | はつせでら 松の葉ごしの影よりも 遠に見えゆく とをの山寺 |
| ご詠歌 2 | 父母(ちちはは)の菩提(ぼだい)のためにはつせでら建(た)ててぞ祈(いの)る大慈大悲(だいじだいひ)を |
| 開山・開基 | 白助翁(舒明9年) |
信州屈指の古刹で、飛鳥時代、允恭天皇六代の孫・白助翁が善光寺如来のお告げを受け、両親の菩提供養に奈良初瀬から十一面観世音菩薩を勧請してこの地に奉安したのが始まりと伝えられる。大和、鎌倉と並ぶ日本三大長谷観音の一霊場として名高く、木曽義仲の兵火に遭って後、鎌倉時代中期に再建された荘厳な伽藍の面影を今によく伝えている。本尊十一面観世音菩薩は秘仏で、善光寺御開帳の翌年、四月の縁日を中心に数日間開帳される。白助翁の妻の化身にして、人の肌の温もりを失わない「人肌観音」として多くの信仰をあつめる。

| ご本尊名 | 馬頭観世音菩薩 |
|---|---|
| ご本尊愛称 | |
| 宗派 | 真言宗 |
| 所在地 | 〒389-2322 飯山市瑞穂7082 |
| 駐車場 | 本道隣と観音堂前 |
| TEL | 0269-65-3406 |
| URL | |
| ご詠歌 | 小菅寺 南を見れば あづまやの 誓を頼み 願ふ後の世 |
| 開山・開基 | 不詳 |
戸隠山、飯縄山とともに北信濃の三大修験道場のひとつとして名高かった小菅山の本坊、小菅山大聖院の山内寺院のひとつ「桜元坊」を前身とする。廃仏毀釈の際、大聖院は小菅神社となり、桜本坊が仏教寺院菩提院として残された。この時、本尊画像の両界曼荼羅図(県宝)をはじめとする什器が菩提院に移されたと考えられている。観音堂の片足立膝の馬頭観音は弘法大師の作と伝えられ、古くから家畜の病や災い避けに霊験あらたかと信じられてきた。

| ご本尊名 | 千手観世音菩薩 |
|---|---|
| ご本尊愛称 | 岩井堂観音 |
| 宗派 | 臨済宗 |
| 所在地 | 松本市会田611 |
| 駐車場 | 参道先道路右(大型可) |
| TEL | 0263-58-3178(牛伏寺) |
| URL | |
| ご詠歌 | 岩井堂 岩にぞ御堂 懸けつくり 谷をへだてて うつす水かげ |
| 開山・開基 | [大平山]行基(天平勝宝年間) |
天平勝宝年間(750年前後)の頃、僧・行基が通りかかった際、奇岩・怪岩が横たわり青松が生い茂る当地を霊地と感じ、自ら千手観音を刻んで安置したと伝えられる。その後、諸国巡歴中の弘法大師もこの地の尊厳な様子に感銘し、爪彫りの大日如来、大黒天などを安置、供養塔婆を建てたと語り伝えられている。観音堂に安置されている千手観音は江戸時代の作。堂の周囲には数十体の石仏群や弘法大師像が建ち、付近の岩壁には地蔵尊の摩崖仏などもあって、森閑とした霊地のおもむきに浸ることができる。

| ご本尊名 | 十一面観世音菩薩 |
|---|---|
| ご本尊愛称 | 岡田観音 |
| 宗派 | 不明 |
| 所在地 | 長野市篠ノ井岡田裏1243 |
| 駐車場 | 観音堂横 |
| TEL | 026-293-1947 |
| URL | |
| ご詠歌 | 本山や 常の光の み寺にぞ 有明月に 朝日輝く |
| 開山・開基 | 不詳 |
りんご畑の一画に観音堂だけが建つ小さな寺だが、そこに安置されている十一面観音像は、数奇な運命をたどってこの地にたどりついた。行基作と伝えられるこの尊像は、伊那の常円寺にあったのが、塩尻の常光寺に移されたものである。ところが廃仏毀釈で廃寺となった際に古美術商の手に渡り、大阪方面へ売られることとなった。時を同じくして、札所巡拝の信徒であった岡沢彦治郎氏がたまたま所用で松本を訪れ、大阪への旅の途上にある観音像と出会い、古美術商を説得し買い戻したという。しばらく自宅に安置した後に、観音堂を建立し、以前の寺名を冠して21番札所を復活させた。
















































